■” 神 ” と呼ばれる作り手に自転車を組んでいただいたことがある。4人4度ほど。昔はレースをやっていたこともあり、フレームやセレクトする部品の質も重要だったけれど ” どう組まれているか ” あるいはちゃんと整合性を持って機能するのか? そういうことがとても重要だったのだ。
わたしが見た神と呼ばれる作り手たちは、完成の後、自分の組んだ車両の試乗をすることは無かった。「え! 試乗しないんですか? 」と問うたことがある。あるいは「神は試乗なんかしなくてもわかるんだ」と思ったこともある。まあ(車両を受け取ったその場では)、神の作った自転車に満足した。
しかし、神の作った自転車はダメだった。ボルトやナットが緩んでくる。よい位置にアクスルが無い、ヘッドやBBが緩む、ブレーキの効きはじめタイミングがあまい、全体バランスがいまいちなのだ。指定のパーツが決められた位置についているだけな感じ。あますことなく機能していない様に思える車両ばかりだった。まあ、乗らなきゃわかるわけないよね。一方で、街の普通の自転車屋さんでも神以上の方達は存在する。
わたしは神ではないけれど。そんなわけで、作った車両はどんなに時間がなくても、納車のタイミングがタイトでも、何がなんでも自分で一定距離の試乗をすることにしているよ。正直なところ、試乗しないことが怖いのだ。試乗するとそれでその車両がちゃんとバランス良くまとまっているかどうかだけでなく、これから組む車両に関してのヒントが見えてきたりするのだ。そこに充足がある。だめなものはダメなのだけど、一方で思わぬ組み合わせの妙が発見されたりする。そういうことがまたおもしろい。
マグ・ホイールにコースター・ブレーキ仕様のHUTCH PRO RACERの製作依頼を受けた。実ははじめ「え? HUTCHのレース・フレームにコースター?」と思ったのだけど、ずいぶん以前にmongoose pro classをコースター・ブレーキで組んだことがあって「もしかしたらけっこういいかも」とも思えていた。やってみてダメそうだったらUn Brakeを組み込んで、コースター・フリーにする手もあるしね。なんていう保険もあったのでコースター・ブレーキ仕様のHUTCH PRO RACERの製作を引き受けた。
今日もまた、一台の車両が完成したので試乗をした。HUTCH PRO RACERのコースター・ブレーキ仕様だ。完成して走った感じは「ほほー」と、頬の筋肉が緩むような走行フィールだった。予感的中である。そういうときってなんだかとてもいい。” こころ温まる ” って感じ。
HUTCHにしては古風なマグ・ホイールも、意外なほどに似あっていてとても好もしいと思った。軽いフレームに重めのホイールは、走り始めてさえしまえば遠心力で速度を増す。それがまたいい。
コースター・ブレーキのHUTCHは節度ある動きで滑らかにぐんぐんとスピードを上げた。走っているわたしのまわりにだけ、秋の匂いの風が吹く。どうしてか、アール・クルーが奏った「if」という曲を想いだした。アコースティック・ギターのボーカル無しバージョンだ。
河原まで走って自転車をとめた。雨が降ってきた。雨の中に佇む黒いHUTCHは繊細で逞しかった。「よい仕事をやらせていただいたな」と頭に浮かんだ。高い安いじゃなく、ありきたり珍しいじゃなく。わたしの腕なんてどうということはないのだけれど、乗り手も作り手も満足する車輌を作りたい。そう考えた。やがて雨空は、視覚の中で黒いHUTCHを幻覚のように見せた。突然、妙に明るい気持ちで「いーじゃん」と思った。そんな きょうの眺め .
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